コロナ・インシデント 3/3

2020.3.21.7:00

待ちくたびれた。眠気と疲労が全身に纏わり付く。壁際にベンチが点在するホールで待機命令を受けてから、すでに数時間が経過した。各々の荷物を脇に抱えた私たちに検温を受けさせた後、警察は全員のパスポートを回収して立ち去った。知らぬ土地に放り出された挙句、身分を保証する護符まで抜き取られてしまった。

ただ待つしかない。水分を求めて自動販売機の前まで来ても、トルコリラなど持っていないから飲み物も購入できない。硬貨投入口横のクレジットカード挿入口はカードを挿したり抜いたりしても作動しない。まるで飾りのように口を開けたまま、本体は微動だにしなかった。両替して硬貨を手に入れるためにはパスポートが必要だ。

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コロナ・インシデント 2/3

2020.3.19

いざ帰国便を取り、荷造りをしていると、留学生活が終わる悔しさとは別の感情が湧いてきた。日本の生活が始まる楽しさだ。少しは景色が変わっているだろうか。欧州での一人暮らしは自由と刺激に溢れており、実に愉快だ。でも不便に感じることは多い。ルクセンブルクは物価が高いから節約のためにも自炊が基本となる。レストランでゴルゴンゾーラのパスタと赤ワインを注文するだけで、松屋のネギたっぷり旨辛ネギたま牛めし4杯分のお金がかかる。そんな生活を続けていたら、たちまち口座の数字が小さくなっていく。ケバブは少し例外だ。周辺国に比べれば数ユーロ余計に払わなければいけないが、レストランよりは安い。ネギたま牛めし2杯分と言ったところか。ケバブ屋さんには大変お世話になった。ケバブ以外の食事はすべて自炊で賄った。おかげで、1人で暮らすためには不自由しないくらいの食事を作れるようになった。しかし、手間と時間はどうしても無視できない。コンビニエンス・ストアが等間隔に配置されている日本の首都圏は楽園と呼んでも差し支えない。

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コロナ・インシデント 1/3

2020.1.14

「新型コロナウイルス」の文字列がLINE NEWSの記事一覧に現れた時、私は赤いシーツを敷かれた三段ベッドの最下段で、これまた赤いハードカバーで綴じられた本を読んでいた。軽い動機で移り住んだバーテンダースクール寮、通称 ”The Loft” での生活は忙しく、充実していた。カクテル漬けのワンパターンな1日のサイクルの中には、日本の時勢を窺うためのLINEニュース通読が含まれた。新型ウイルスの一件も視界に入ったはずだが、レシピテストに追われる身としては、中国の市場で起きた病気の話は他の雑多な話題と一緒に、脳内を渦巻くアルコールの名称に流されて行方がわからなくなってしまった。


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